飛びこめ! ムシゲー! めくるめくムシの世界

Bug Fables

みんなー! ムシは好きかな?

当ブログの筆者こと、英日ゲーム翻訳者のサラチ@EmptyLotは大好きだ!

小学生キッズだった頃は虫取り網を持って野を駆け回り、春にはモンシロチョウ、夏にはアゲハ、初秋にはアキアカネをいっぱい取ってたくらいには好きだ! 家には今でも昆虫図鑑が数冊置いてあるぞ!

さて、今年も参加するアドベントカレンダー企画「ゲームとことば」 2023、お題は「〇〇な人にオススメしたいゲーム」。ってなわけで今回は、そこそこムシが大好きな私が「昆虫好きにオススメしたいゲーム」を紹介していくぜ!

Bug Fables 〜ムシたちとえいえんの若木〜

(対応機種:Steam、Nintendo Switch、PlayStation 4、Xbox One)

まず一作目はこちら!

私がメイン翻訳、黒澤勇太氏(Twitter)校閲・LQA、一部翻訳(DLC除く)を手がけた作品、『Bug Fables 〜ムシたちとえいえんの若木〜』。日本語版のリリースは2020年だが、今なおたくさんのプレイヤーに楽しんでもらえていて嬉しいかぎり。

ゲームのジャンルはRPG。カブトムシのカブ、ミツバチのヴィー、ガのリーフが結成したデコボコ探検トリオ、『ヘビのあぎと隊』が、多くのムシたちが暮らす『バグアリア大陸』のどこかに眠り、永遠の命をもたらすという『えいえんの若木』を探して大冒険! というのがあらすじだ。よく練られた世界観とストーリーの魅力もさることながら、ちょっと懐かしさを感じるターン制コマンドバトルにはなかなか歯ごたえがあり、ほどよい緊張感をたもちながらプレイできる。フィールドやNPCに対して使える『しらべる』コマンド、戦闘中の敵に使える『かんさつ』コマンドでは3匹の軽妙なやりとりをたっぷりと、心ゆくまで楽しめるぞ!

Bug Fablesのムシこだわりポイント

見た目こそキュートにデフォルメされているが、Bug Fablesにはムシ好きなら「おっ」となる設定が世界観のあちこちに散りばめられている。

アリやハチの社会は女性社会

作中で訪れることになる『アリの王国』や『ミツバチの王国』は代々女王が国を治める国家だが、それだけではなく、作中に登場するアリの兵士やミツバチの兵士、労働者たちはいずれも女性だ。これは、現実世界に存在するアリやミツバチのコロニーで働くアリやミツバチたちは、繁殖のために存在する一部のオスを除いてすべてがメスだという実際の生態に基づいている。

アリとテントウムシの確執

Bug Fablesの作中では、『アリたちとテントウムシたちは仲が悪い』という設定がある。テントウムシは種族まるごとアリの王国から追放され、いまも入国を禁じられているのだ。テントウムシの盗賊団によって、アリたちが営む農家から家畜であるアリマキのタマゴが相次いで盗まれてしまったのだ。この事件以降追放されたテントウムシたちは、監視がついていないとおうごんの丘の『おうごんまつり』に立ちよることもできない。なぜなら、おうごんの丘にはアリたちが営むアリマキ牧場があるからだ……

さて、この設定はアリとテントウムシ、そしてアリマキの生態が元ネタだ。作中ではアリマキと訳したが、これはアブラムシというムシの別名だ。ほら、道ばたの草とか、殺虫剤を撒き忘れた庭の花の茎にみっちりついてる緑色のちっちゃなアレ。このアリマキことアブラムシ、小さくかよわいので自然界では敵が多い。なかでも、アブラムシの天敵の頂点に立つのが……そう、テントウムシなのである。

テントウムシの代表的な種であるナナホシテントウはアブラムシを主食とする。一方で自然界のアリたちは、アブラムシたちが排泄する甘い液、甘露が大好きだ。なかにはアブラムシたちと共生関係を築いて外敵から守ってやり、かわりに甘露をもらうアリもいる。アブラムシを食べたいテントウムシ、アブラムシを守りたいアリ……当然、衝突しないわけがない。アブラムシをめぐってのテントウムシVSアリという構図は、自然界ではよく見られる対戦カードなのだ。それを反映して、Bug Fablesのアリとテントウムシも不仲というわけ。


正直、このふたつ以外にもひろい切れないほどたくさんネタがあるのだが、書いてると超大作になっちゃうのでいったんここでとどめる。機会があったら別のところで書くかも。

Bug Fables 翻訳裏話

ここからはちょっと翻訳者の自分語り。Bug Fablesを翻訳することで気をつけたことのうち、ネタをふたつご紹介。

「人」に相当する表現を使わない

Bug Fablesを翻訳するにあたって気を使ったのは「これはムシたちの物語だ」ということ。『人』『人間』を思わせる表現が前に出てしまうと、ムシたちの世界に対する没入感が削がれてしまうかもしれない。なので、『人』に相当する言葉をできるだけ使わないようにした。たとえばキャラクターたちの数に言及するときは一貫して『匹』を使って『3びきぐみ』『1ぴきぼっち』のように書く、「あの人ときたら……」と言わせたい場面では「あのムシときたら……」と言わせるようにする、といった具合だ。これを徹底しているうちに生まれた訳のうち、特にインパクトが強いなァ……と思ったのは以下の3つ。

  • よすてムシ(=世捨て人)
  • ムシでなし(=人でなし)
  • 殺虫ミステリー(殺人ミステリー)

どこに出てくるワードか、ヒマなファンは探してみてね!

「よっしゃ! ゲンナマだ!」の誕生秘話

Bug Fables日本語版に対するプレイヤーの感想やコメントといった反応は、日本語版リリース当初からつつしんで拝見させていただいているのだけれど、その中で意外だったのが、日本語圏のプレイヤーに以下のセリフが大ウケしていること。

実はこちら、原文は「Nice! Hard, cold berries!」のみと比較的シンプルなセリフ。そのまま訳すと「よっしゃ! かたくて ひんやりした ベリーだね!」となる。

この英文でポイントとなるのは「hard cold」という表現。これはもともと「hard cold cash」または「cold hard cash」「cold cash」のようにセットで使われる。Bug Fablesの世界ではベリーが通貨にあたるため、「cash」が差し替えられて「hard cold berries」になっている。では、なにが「硬くて冷たい」のか?

実は、「hard cold cash」は、お金の中でも特にコインなどの硬貨を指す言葉。コインは金属でできているので、触ると硬くて冷たいという理屈だ。金や銀など貴金属が硬貨に使われていたころの価値観を残した表現で、裏には「紙のお金やクレジットカードじゃやっぱり信用ならないよね、硬貨なら本物のお金だから安心!」というそれこそ「現金主義」な意味が隠れている言い方だ。
(参考:https://abeancountersway.com/why-money-is-called-cold-hard-cash/

つまりここでヴィーは、「(おカネにならないガラクタではなくて)ちゃんとした本物のおカネで支払ってもらえたね、やったあ!」とあんまり品のよくない「ゲンキン」な喜び方をしていることになる。ヴィーはお金にがめつい金銭感覚がしっかりしたキャラなので、シンプルに訳しつつもこの「ゲンキン」さは出しといた方がいいかなと思い、言葉通りの訳の前に「げんナマ」のひと言を足したというわけ。翻訳者としては名(迷)ゼリフにすることはあんまり狙ってなかったのだが、楽しんでいただけたなら何よりということで。


さて「昆虫好きなあなたにオススメのゲーム」、二本目はこちら。Bug Fablesとは打って変わってリアルなムシがうじゃうじゃ出てくるので、苦手な人はストアを見るとき気をつけてね!

Empires of the Undergrowth

(対応機種:PCのみ)

Empires of the Undergrowthは、アリの群れに指示を出して巣の勢力を拡大していくリアルタイムストラテジーだ。システムとしては往年の生態系シミュレーションゲームの傑作、『シムアント』と比較されることも。

ストーリーやチャレンジ、フリープレイなど様々なモードが存在するが、「巣を堀り、餌を獲得して働きアリや兵隊アリなどユニットを増やして目標を達成する」のがプレイの基本だ。日本でおなじみクロヤマアリの親戚Formica fuscaにはじまり、農耕を行うハキリアリAtta cephalotes、ニュースにもなった恐ろしき侵略種であるヒアリことSolenopsis Invictaなど、多彩なアリを使い分けて自然の脅威とガチバトルできる、ムシ好きにはたまらない一作だ。

Empires of the Undergrowthのムシこだわりポイント

そんなEmpires of the Undergrowthのこだわりポイントは、とにかくリアルなムシの3Dモデル。ゲーム内でじっくり観察すると、待機状態の身づくろいモーションですら本物とみまごうほどに力が入っている。

それもそのはず、開発を手がけているSlug Discoの創設メンバーは本作の開発を夢としていたほどにアリたちが大好きなのだ! Discordにはアリ好きたちが本物のアリ画像を投稿するチャンネルがあり、英語Twitter(現X)アカウントではゲーム情報の中に結構な割合でアリの画像や動画、情報が紛れこむ。さらには実際のアリの生態と動きをゲームに落とし込むため、アリ好きが集まるイベント『アント・コン』(コミコンのアリ版、要はアリ版のコミケみたいなもの、小規模だが)行ってまでアリを研究している。熱の入りようがすごい。

また、さまざまなアリの生態と生存を賭けたサバイバルがゲームシステムに落とし込まれているのもEmpires of the Undergrowthの醍醐味だ。腹部の先端から蟻酸を飛ばして攻撃するヤマアリの生態は遠距離攻撃ユニットとして生かされ、ハキリアリを操作するステージでは、いかに巣の建設を効率的に行い、葉を原料とした食料の菌糸を生産できるかどうかが勝利のカギとなる。大量の個体が体をからみあわせることによって「いかだ」や橋を作るヒアリの生態も、見事にゲームメカニクスとして面白く実装されているのだから恐れ入る!

敵として現れる生物も多種多様。日本でも見られるようなテントウムシやハエトリムシ、ケラの仲間が登場する一方で、アクマサビイロハネカクシなんていう日本ではなじみのないヨーロッパ固有種や、そもそも英名すら存在しない南米産のメタリックなハエトリムシやハネカクシ、果てにはカギムシやウデムシなんて変わりダネまで登場する(クモが苦手な人はウデムシで絶対調べないでね、腕が多くてすごい……すごいクモガタ綱の生物なので)! 自然界ではめったに見られないカードであるバーチェルグンタイアリVSハキリアリなんてカードもいくらでも見られるんです、そう、Empires of the Undergrowthならね。

翻訳裏話、というより苦労話

さて、ここまで読んでわかっていただけたと思うが、このゲームは開発であるSlug Discoの尋常ではないレベルの愛と情熱の結晶だ。BBCの自然ドキュメンタリー番組をほうふつとさせるナレーションには、生物の英名だけではなくしれっと学名まで紛れこむ。……そう、学名が。

学名が紛れてることの何が問題なのかというと、適当な和名を訳語としてあてられないんですよ。

学名とは、ふたつのラテン語を組み合わせて作られる「全世界共通の名前」のことだ。たとえばひと口に「ハエトリグモ」といってもその種類はさまざま。さらに英名では「Jumping Spider」になるなど、同じ種なのに国によって名称が違うこともある。そんな食い違いを防いで種を正確に識別し、誰が見ても「これは同じ種」とわかるようにする便利な名前、それが学名だ。

つまり、たとえば作中でBlack antと呼ばれるFormica fuscaを見た目が似てるからといって「クロヤマアリ」とは訳せない。なぜならクロヤマアリは日本固有種で、学名はFormica japonicaだから。クロオオアリ、もNG。Camponotus japonicusでやっぱり日本固有種だし、属名が違うからそもそも種が違う……

別に、それっぽい適当な訳語を当てたらダメというわけではない。適当にカタカナ語訳にしとくとか、それっぽい訳語を作ってお茶を濁すとか、学名が提示されているゲームでもそうやって上手く力を抜いて訳されている作品はいくらでもある。ただ、Empires of the Undergrowthにおいて私はそれができなかった。だってゲームのアリとあらゆる要素から、それこそアリのフェロモンのごとく濃密に漂ってたんですもん……

開発の、ムシへの愛が。

したがって「表現者・創作者としてのゲーム開発者に寄り添う」ことを旨とするゲーム翻訳者として、私は腹をくくった。学名がある種は一種ずつ、種名、亜属名、属名、亜科名、科名……と順に確認して既存の和名があるかどうかを徹底的に調査する。学名が作中で明言されない種は開発に想定している学名を質問し、(なぜか即座に学名が返ってくるので)その学名をもとに同じく調査を行う。

これを、作中に登場する生物ほぼ全種に対してやった。やりました。やったんですよ。

ネットでも調査、近隣の書店の昆虫コーナーをめぐって足でも調査、図書館で取り寄せ可能な資料を片っ端から取り寄せてとにかく調査! 調査! 調査! しかし素人の調査だけでは、論文を取り寄せて読むまでしたところでいつか限界がくる。どこをどう調べたって和名が出てこない生物はいるし、定訳を見つけようのない用語というのはあるのだから……それでどうしたかというと。

専門家の方に電話とメールで取材を敢行しました。

いまになって思い返すと、調査するのが楽しくなりすぎてネジが数本飛んでたんだと思う。だって仕事としては絶対採算取れないし。楽しかったけど。時給換算したら100パー赤字ですよ、他のゲーム翻訳者には到底手法としてオススメできない。超楽しかったけど。

なお、最終的な訳語の決定には

  • 奥村賢一氏
    (国立科学博物館へご所属、クモ類の系統、分類、生物地理学がご専門。
     和名未定のクモ数種についてご意見をうかがった)
  • 村上貴弘氏
    (九州大学へご所属、アリの行動生態を中心とした生態学がご専門。
     日本で唯一ハキリアリを研究対象としておられる。
     日本語での定訳が未定であるハキリアリのカースト名についてご意見をうかがった)
  • 岸本年郎氏
    (ふじのくに地球環境史ミュージアムへご所属、
     昆虫分類学、生物地理学のうちとくにハネカクシがご専門。
     Ocypus olens = Devil’s coach horse beetleほか、
     和名未定のハネカクシ数種についてご意見をうかがった)

以上3名の昆虫学者の皆様にご協力いただきました。ほかにも、クレジット掲載には至らなかったものの、多数の研究者、有識者の方にもお話をうかがわせていただきましたが、皆様その節は本当にありがとうございました……! 上記お三方のお名前はEmpires of the Undergrowthのゲーム内クレジットにも掲載させていただいているので、興味のある人はそちらもぜひチェックしてみてください。

本作、執念の域に達した調査でなんとかそれなりに訳せたとは思ってますが、「ここ間違ってるよ!」っていうのをもし見つけたら、そっと、やさしく教えてください。やさしく、お手柔らかにね……。

翻訳は担当してないけど、ナイスなインディームシゲーム

さて、自分が訳した「昆虫好きのあなたへオススメのゲーム」を紹介してたらけっこう長くなってしまった。とはいえほかにもまだまだあるぞ、ムシゲーム。

既存のおススメインディームシゲーム

Hollow Knight

言わずと知れた超傑作メトロイドヴァニア。ファンタジー色の強いアレンジを施しつつもムシの意匠や雰囲気を残したキャラデザインは、ゲームの雰囲気に合わせた陰鬱さを持ちながらもシンプルでかわいい。どのキャラが何のムシなのか、考えながらプレイしてみると新たな発見があるかも?

Webbed

ちっちゃいハエトリグモを操作し、いじわるな鳥にさらわれちゃったボーイフレンドを助けに行くゲーム。フィールドのあちこちに糸を張り、うまくやればスパイダーマンさながらの爽快感ある移動も可能だ。ドット絵で描かれたムシたちは元ネタに忠実ながら、仕草などにキュートさがあふれている。クモは苦手! という人はクモ恐怖症の人向けに用意されたモードをオンにすれば、クモではなくモフモフの毛玉ちゃんを操作してプレイできるぞ。

今後に注目のインディームシゲーム

モス・クビット(Moth Kubit)

主人公のモス・クビットはどこにでもいる普通のガ。自分が勤める大企業で昇進したばかりのモスはしかし、自分の身にせまっている『最終プロセス』に気づいていない……。本作はどこか不条理なカフカ風世界で繰り広げられるRPG。ガやテントウムシ、カブトムシ、アリなど多種多様なムシが働く会社を舞台に、歩き回ったり同僚と話したりしながらストーリーを進めていくことになる。見た目はキュートながら『窮屈な小部屋や官僚制度を計り知れないほど嫌って作られた』というどこかダークな雰囲気や、言葉で戦うユニークな戦闘システム『Love Sick Disorder (LSD)』など、見どころはなかなかトリッキーで目が離せない。デモ版はすでに日本語に対応しており、日本語での完全版リリースも予定されている。

Isopod: A Webbed Spin-off

Isopod、は要するにダンゴムシやワラジムシのこと。どこかあたたかみを感じる3Dワールドの中で、主人公のダンゴムシちゃんが歩いたり、くるんと丸まって転がったりと、ミクロの世界で大冒険を繰り広げられるゲームになるようだ。開発は上で紹介したWebbedを制作したSbug Gamesで、本作はWebbedスピンオフ。ということで、Webbedの主人公であるハエトリグモちゃんも友情出演するぞ。Steamストアを見る限りでは、日本語の実装予定はあるみたいだ。


というわけで、鼻息荒く「昆虫好きにオススメしたいゲーム」について語ってみた。リアル昆虫好きが作った昆虫好きのゲームって、やっぱりリアル昆虫好きの人に刺さってほしいので。この記事をきっかけに、昆虫好きの人にムシゲーが知られるようになってほしいな!

本記事およびサラチ@EmptyLotの翻訳担当作へのご感想、さらなるムシゲーのタレコミなんかはぜひこちらまで。

(この記事は、燻丸さん主催によるアドベントカレンダー企画、「ゲームとことば Advent Calendar 2023 – 〇〇な人にオススメしたいゲーム」のために執筆したものです)

タイトルとURLをコピーしました